世界が手の平に広がっている?過去の海外体験と今を比較してみた


どうも、Doga(@DogadogaTv)です。




トロントで暮らし始めてからもう少しで約5ヶ月が経ちますが、最近自分の初めての海外体験の思い出がよく蘇ります。

僕の初めての海外渡航は18歳でニューヨークへ5週間の語学留学に行った時。大して英語も話せないものの、とにかく日本を飛び出し、新たな地を訪れることにとてもワクワクしていたのを覚えています。人生初めての海外生活。

もちろん当時はスマートフォンなんてありませんでしたので、日本にいる家族と電話しようものなら電話代がバカになりません。

日本にいる人に電話する時はテレフォンカードを用いてホストマザーの目を気にしながらよく電話していましたね。そもそもテレフォンカードの使い方から勉強でしたよ。指定の番号へかけてもそもそも英語のアナウンスが聞き取れませんでしたから。

つまり「海外へ行く」=「日本に居る人とは基本連絡取れない」=「一人ぼっち」という構図が自然と成立したのです。

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また渡航前はアメリカなんて映画やテレビの中で観た世界くらいしかイメージがありませんでしたし、ましてやニューヨークなんて事件が多い少し危ない街という漠然としたイメージしか持てておりませんでした。

ただそんな状況がむしろ自分の好奇心を刺激していましたし「海外」とはそれくらい自分にとって遠い場所だったのです。

 

しかし今はどうでしょう?我々はパソコンのインターネットがあるだけではなく、スマフォが普及したおかげで手の平に世界が広がるようになりました。

今はLINE、Skype、What’s up、Facebook、Twitterなどなど、限りなく低コスト、定労力で世界のどこに居る誰とでも話ができるようになりました。

海外にいる見ず知らずの人とオンライン上で知り合うことも可能。しかも携帯上で!

そういえば 僕が通信・IT業界に興味を持ち始めたのもこう言った革新性や可能性に感動したからでした。

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そんな風に過去と今の自分を比較してみると不思議なもので…今日本にいる友人や家族と離れているものの、特に「離れている」と感じることがほとんどないのです。引いては「海外」という気分も良い意味で何だか少ない気がします。

これは自分の周りに日本人が多いとか少ないとかそういう話ではありません。一緒に暮らしている自分のパートナーとは英語で会話をしておりますし、こちらで日本人の友達と呼べるような方もまだおりません。

ポイントはそんなことではなく、コミュニケーションツールの変容と、それがもたらす自分の心の中での「海外」という概念の変容だと思います。




違う土地にいながらもいつでも連絡が取れる。世界で何が起こっているのか手元の携帯ニュースで簡単に把握できる。離れていても、繋がっている。そんな世界観です。

ホームシックについての記事でも書きましたが、やはり情報技術を手にした我々の精神的な距離は年々限りなく近づいているのでしょう。

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ちなみに現在の生活や海外生活を否定しているのではありません。笑 生まれ育った場所とは違う文化に自分の身を置くと実体験として様々な苦労、感動があります。そして出会いもあるでしょう。それによって自分自身が成長するは確かだと思います。

むしろこの実体験から得られる「感覚」というのは、情報技術が発達した現在でもまだ我々が超えられない壁なのではないでしょうか。そしてだからこそ海外での生活が魅力的だと感じられるのかもしれません。

「海外」という概念が自分にとってどんなものになろうとも、情報技術がどれだけ発達しようとも、新たなことを実体験として経験することのワクワク、興奮、刺激というのはもしかしたらいつの時代になっても変わらないものなのかもしれませんね。

 

Doga

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